+αな暮らし

某製造メーカーでインハウスのファシリティマネジャーとして建築・不動産に関する仕事をしています。このブログでは建築・不動産・施設管理系の資格挑戦についてと、革製品を始めとした愛すべきプロダクトについてつらつら書いています。

ブックレビュー「世界の特別な1日 未来に残したい100の報道写真」

ナショナルジオグラフィックから出版されている「世界の特別な1日 未来に残したい100の報道写真」を読んだ。

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本書を読んだ感想としては、素晴らしい!の一言に尽きる。かつてNHKで放送されていた「映像の世紀」を彷彿とさせる本だった。

 

本書では100枚の写真を紹介している。どの写真も過去150年間の重要な歴史的瞬間を切り取ったものだ。そのため写真の歴史というより、歴史の写真集とでも言うべき一冊となっている。

 

掲載されている写真は時系列に古いものから掲載されており、一番最初は1869年5月10日の米国、ユタ州、プロモントリーでの大陸横断鉄道完成から始まり、一番最後は2015年10月1日のギリシャ、レスボス島での難民流入となる。(※本書が発行されたのは2017年)

 

本書の素晴らしさは数々の重要な写真だけではなく、写真に添えられた解説文章も素晴らしい。

 

例えばこうだ。

1912年4月14日 英国、ロンドン

タイタニック号沈没

信じられない出来事を伝える新聞

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「死者多数」。1912年4月16日、ロンドンのホワイト・スター・ライン社のオフィス前でひとりの少年がこう見出しがはしる新聞を売っていた。新聞は「浮沈船」とうたわれた客船の沈没を伝えていた。男たちは信じられない様子で新聞を読み、乗客の関係者らが情報を求めて集まってきた。この事故で約2220人の乗員乗客のうち、1518人が帰らぬ人となった。
(中略)
この写真はとても有名になり、少年ネッド・パーフェットは「タイタニック号の悲劇を伝える新聞売りの少年」として知られるようになった。当時、彼は16歳だった。そして彼の未来はこの日彼が伝えた悲報同様に悲しく、6年後、フランスの前線で戦死した。第一次世界大戦が終わるわずか数日前だった。

 

例えばこうだ。

1945年12月 日本、広島

広島の母子像

すさまじい破壊のなかの、尊厳

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1945年12月、ドイツ生まれの米国の報道写真家アルフレッド・アイゼンスタットは、第二次世界大戦終戦直後の日本を訪れた。そこで彼は悪夢を目の当たりにする。この年の8月、広島と長崎は原爆という未曾有の暴力によって焦土と化し、日本は一気に降伏へと向かった。(中略)
荒廃した広島で、アイゼンスタットはこの驚くほど強烈な写真を撮った。それは着物を着た母子の肖像写真で、焼けた木を背に座っている。レトリックはいっさいない。その主題と構図は、西欧の伝統的な図像である聖母子像を思い起こさせ、同じ厳粛さを漂わせている。母親と子どもは静かに座り、すさまじい破壊のなかにあっても尊厳を失っていない。母子は人びとに関心を向けるよう促すかのようにカメラを見つめる。そして、人間がどこまで残虐になれるかを見る者の脳裏に否応なしに焼きつける。
この写真が撮られたとき、米国と日本はもう敵ではなかった。戦争プロパガンダは必要なく、日本人は敗戦国の人間であるというだけであった。まさにその理由から、この写真は私たちの心をさらに強くかき乱す。何十年とたった今も、この母子の目に宿る疑問に対する答えは見つかっていない。

 

例えばこうだ。

1993年9月13日 米国、ワシントンD.C.

オスロ合意

イスラエルとパレスチナが交わした、歴史的な約束

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デービッド・エイクは、いつも歴史の真ん中にいる、そんな写真家だ。(中略)1993年9月13日に彼が撮った写真は、さまざまな理由から完璧な1枚である。それは3人の肖像写真だ。中央に米国の大統領ビル・クリントン、彼の右側にイスラエル首相イツハク・ラビン、左側にパレスチナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長がいる。
これは歴史的な出来事だった。オスロ合意の調印により、パレスチナ自治政府の樹立と西岸地区での自治が決まった。この協定は、長期にわたる両者の暴力を終わらせ、将来のパレスチナ国家の礎と、その地域の恒久平和の基盤を築いた。(中略)
オスロ合意の象徴となったこの写真には、公式な祝典のあらゆる要素が揃っている。まずは、人物の対称性に気づくだろう。握手を交わす2人の調印者に焦点が合い、力強い(そして背も高い)仲介者が画面をちょうど2つに分けている。夏の終わりのワシントンの太陽はいちばん高い位置にあり、どこにも影がない。
(中略)
3人の表情は非常に満足しているように見える。手前の2人は躊躇なく相手の手をしっかりと握っている。米大統領は両手を広げてこれを見守り、世界の舞台における米国の地位と外交力を象徴している。
続く10年でこの協定と3人の主役に何が起きたかを振り返らずにはいられない。彼らの合意は無視され、平和は実現しなかった。ラビンは暗殺され、アラファトは死亡し、クリントンは政治家としての力を着実に失っていった。この日の光り輝く写真で約束された未来とはかけ離れた運命をたどったのである。

などなど、実に読ませる文章となっている。

本書を読むと、人間の歴史は戦争の歴史だということがよく分かる。歴史は繰り返すと言うが、現在の世界情勢も非常にきな臭いものとなっている。せっかくこうした過去の凄惨な記録が残っているのだから、それを反省として平和への道を歩んで欲しいものだ。


以上、「世界の特別な1日 未来に残したい100の報道写真」となる。本書を星の数で評価するとしたら★★★★★(5つ星中、5つ星)評価でもおかしくないだろう。

 


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